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東京高等裁判所 昭和56年(ラ)186号 決定 1982年2月15日

抗告人

甲野花子

右代理人

小川喜久夫

相手方

甲野梅子

主文

本件抗告を却下する。

理由

一本件抗告の趣旨は「原審判を取り消す。本件申立を却下する。」との裁判を求めるというのであり、抗告の理由は、要するに、抗告人の夫と不倫な関係にある相手方の従前の氏「乙山」を抗告人の氏と同一の「甲野」に変更することを許可した原審判は、一夫一婦制を基本とする婚姻秩序にもとるものであるというのである。抗告期間の点につき、抗告人は、「本件抗告は抗告期間経過後の昭和五六年三月一〇日に提起したが、抗告人は同年二月初めころ相手方の戸籍謄本を取り寄せて相手方の氏の変更を知り、同年三月五日東京法務局民事行政第二部において「氏の変更届」、「審判書」、「確定証明書」を閲覧謄写したときにはじめて原審判の存在を知つたのであるから、家事審判法七条、非訟事件手続法二二条により追完が許されるべきである。」と主張した。

二ところで、原審判に対する二週間の抗告期間は、原審判の告知を受けない抗告人との関係においては、事件の申立人である相手方に審判書謄本を交付して原審判が告知されたこと記録上明白な昭和五五年一〇月三一日から進行し(特別家事審判規則一条、家事審判規則一七条)、同五六年三月一〇日に当裁判所に抗告状を提出して本件抗告を提起した抗告人が即時抗告の期間を遵守していないことは明らかである。

そこで、即時抗告期間の不遵守の追完の許否について判断するに、抗告人提出の筆頭者甲野太郎及び筆頭者相手方の各戸籍謄本並びに東京法務局民事行政第二部戸籍課長作成の証明書に抗告人審尋の結果を総合すると、抗告人は、夫甲野太郎と相手方との間の子の出生の事実や認知の有無を知るため、時折り郵便で相手方本籍地の東京都文京区役所に申請して相手方の戸籍謄本の交付を受けてきていたが、遅くとも昭和五六年二月四日までに受領した同年一月三〇日付の相手方の戸籍謄本により、相手方が昭和五五年一一月一七日氏を「甲野」とする氏の変更の届出をしたことを知り、昭和五六年二月上旬に弁護士である抗告代理人に事件を依頼し、抗告代理人は、同年三月五日東京法務局民事行政第二部戸籍課長から、相手方の本件氏の変更届書とこれに添付された審判謄本及び確定証明書の内容について証明を受け、そのころ原審判の存在を具体的に確知したことが認められる。

ところで、家事審判法七条により準用される非訟事件手続法二二条によれば、氏の変更を許可する審判に対し即時抗告をすることのできる利害関係人がその責めに帰すべき事情によらないで右審判の存在を具体的に確知することができなかつた場合には、それを確知した後一週間内に限り懈怠した行為の追完をすることが許されるものと解されるが、法が審判により形成される法律関係の安定をはかるため、審判の告知を受けない利害関係人に対しても即時抗告のみを許し、かつ、その即時抗告期間を事件の申立人が審判の告知を受けた日から進行させ、即時抗告期間不遵守の追完の許される期間を事由の止んだ後一週間内に限定している趣旨にかんがみると、即時抗告をすることのできる者が審判の存在を高度の蓋然性をもつて推測させるような事情を知つたときは、直ちに適切な方法で調査をし審判を具体的に確知するよう努力すべきものであり、これに必要な相当の期間が経過したときには、審判を具体的に確知するに至つていなくても、もはやその責めに帰すべからざる事由によつて即時抗告の申出ができないとすることはできず、即時抗告の期間を遵守することができない事由が止んだものと解するのが相当である。これを本件の場合についてみるに、右認定の事実によると、抗告人は遅くとも昭和五六年二月四日には相手方が本件氏変更の届出をした事実を知つたのであり、右事実は氏の変更を許可する審判の存在することを高度の蓋然性をもつて推測させる事情ということができるところ、抗告人及び同月上旬に事件の依頼を受けた抗告代理人としては、直ちに届出を受理した文京区役所ないしは東京法務局において届出書類の閲覧を求め、又は相手方の住所地を管轄する東京家庭裁判所において記録の閲覧を求める等の方法により、短時日のうちに容易に原審判の存在を具体的に確知することができたものというべきであり、抗告代理人が同年三月五日になつてようやくこれを確知したのは、調査に必要な相当の期間内であつたものということができず、本件抗告をもつて、抗告人の責めに帰すべからざる事由により即時抗告の期間を遵守することができない事由が止んだ後一週間内に提起されたものとすることはできない。したがつて、抗告人主張の追完は許されないものというほかはない。

三以上のとおりであるから、本件抗告は、即時抗告の期間が経過したのちに提起され、かつ、追完も許されない不適法なものとしてこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(小林信次 平田浩 河本誠之)

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